89800円からの自費出版

電子書籍と脳の関係

電子書籍と脳の関係

先日、実業之日本社から、『脳を創る読書』(著者/酒井邦嘉)という本が出版され、話題になっています。新聞で取り上げられているので、読んだ方もいらっしゃると思いますが、本書は読んだ内容を記憶しやすいのは、「紙の本か電子書籍か」という単純な比較ではなく、記憶を呼び覚ます「きっかけ」となる視覚情報、あるいは身体情報の多さについて述べられているようです。

人間は意識していなくても、視覚でとらえられたものは無意識に記憶しています。自分のことを考えてみても、家の中で探し物をしたり、友人との会話を思い出そうとしたり、あるいは子供のころの思い出を探っている場合、常にイメージから入っています。それはスチール写真の場合もあり、ムービー映像の場合もあります。そう考えると、記憶をよみがえらせる情報は確かに紙の本のほうが多いのではないかと思います。購入した書店、本の重さ、カバーのデザイン、紙をめくった感触、紙の匂い…などなど。そうした情報をきっかけに内容が蘇ってくることは確かにありますよね。

フォトリーディングという速読法がありますが、これは、見開きの頁を写真を撮るように、脳に転写していくという方法です。意識では理解できなくても、脳にその頁の情報が焼き付いているのです。そして、そこで何が述べられているのか質問すると、必要なキーワードが脳に浮かび上がり、内容を正確に理解していることがわかるのです。つまり、視覚情報は、言語や思考に置き換えなくても、一瞬にして脳に情報を送っていることになります。人間の能力って凄いですね。

話が少しそれてしまいましたが、では、電子書籍は本当に内容が記憶しづらいのか、といえば、それはまだこれからの研究課題のようです。様々な条件下での実験を繰り返して結論が出るのでしょうが、その間に、電子書籍がよりストレスフリーになるように改善されていくことは間違いないでしょう。いずれは、視覚情報と脳が直結するようなプログラムが組み込まれて、それこそフォトリーディングのように1冊を数分で読み、正確な情報がインプットされるかもしれません。(それが良いのか悪いのかは別として…)

今はまだ、紙本VS電子書籍という対立の構図ですが、やがてきちんと棲み分けが出来てくるのでしょう。それぞれの良いところを進化させて、仲よく共存する日を期待しています。


超感動大作「義烈 遊撃戦士」が11月25日に発売!


青山ライフ出版から、11月25日に桐縞常末著の「義烈 遊撃戦士」が発売されました。
青山ライフ出版および、インターネット書店アマゾンで購入することができます。

この作品はA5判2段組で690頁もある超大作です。そのボリュームだけではなく、内容もずっしりと重く、戦前、前後の昭和を差別と闘いの中で生き抜いた一人の男の人生に、深い感動と爽快感を覚えます。決して明るい話ではありませんが、「人が一人の人間として自分の人生をまっとうする」とはどういうことなのか、それが垣間見えるのです。その隙間から放たれる閃光が、読者の魂を揺さぶります。

私たちは日常の些細なことに反応しながら生きています。時には深く考えることもありますが、「自分自身が作っている反応」を「自分の性格」と思い込み、様々な出来事に「ただ反応するだけで」一生を終える人もいるかもしれません。この作品の主人公は違います。理不尽な「差別」の中で生まれ、育ち、兵士として戦地に赴きます。そして戦後もやはり、いわれない差別で「人生」を狂わされていきます。しかし、主人公は決して「反応」だけで生きることはしません。「何故なんだ!」という問いに、「闘い」を挑んでいくのです。
そして、彼はついに自分の「答え」を見つけたのです……。

長編ではありますが、決して長さを感じさせません。
年末、年始に是非、読破してみてください。

本には読まれる時期がある

元祖UFOコンタクティであった、ジョージ・アダムスキーの禁断の書と言われていた本(「地球人よ、ひとつになって宇宙に目を向けなさい」徳間書店)が、この夏、翻訳本として日本で発売されました。原書は1949年にアダムスキーが、宇宙人たちからの情報を元に地球人を啓蒙するために書かれた本で、発行部数が少なく、人の目にはほとんど触れられなかったと言われている希少本です。

アダムスキーは、最初の原稿を出版社にもちこんだところ、あまりにも荒唐無稽な内容だったので出版に難色を示され、やむなくフィクションとして出版することになったそうです。形式は小説ですが、内容はアダムスキーが宇宙の友人たちから教えられた、宇宙人たちの意識や生活、宇宙の法則、宇宙の真理、人間の真実などが、盛り込まれています(人間というのは地球人だけでなく、様々な星の生命の最終形体のことを総称しています)。
アダムスキーは、「宇宙哲学」という名著を残していますが、彼は単なるコンタクティではなく、宇宙や生命に対する真理を解き明かし、地球人の意識の進化に多大な貢献をした人物でもあるのです。そんな彼の作品であっても、その本はまだ『時』をつかんでいなかったのかもしれません。

アメリカは1952年に水爆実験を行いましたが、アダムスキーはその19日前に、金星人から警告を受けていたそうです。「原子力」という自分たちでは制御できない危険なエネルギーを地球人が扱いはじめたことに対して、宇宙の友人たちはこのまま見過ごすわけにはいかなかったようです。
そして、今、福島原発の問題をきっかけに、世界中が原発に対して考え直す時期がきたと感じています。奇しくも、今日、大江健三郎氏、落合恵子氏ら日本の作家たちが、脱原発の意志を表明し、「原発に依存しない社会を作ろう」というメッセージを発表しました。1949年に出版された希少本を、今、私たちが手にすることが出来るのは偶然ではありません。原発問題は単なるエネルギー問題だけではなく、地球人が誰もが豊かに幸せに暮らすためにはどうすればいいのか、という根本的な問題を投げかけています。そして、宇宙の友人たちの情報には問題を解決する答えがあるのです。

本には読まれるべき時期がある。時期を得た本こそが、その力を発揮する―そんな気がしてなりません。

複雑性悲嘆

7月、弊社から「百日紅の花揺れて―妻を亡くすということ―」という本が出版されました。
著者は15年前、46歳という若さで奥様を亡くされました。卵巣癌の発見、入院からわずか18日で他界され、著者のショックは想像するに余りあります。何年たっても、著者は悲しみから癒えることがなく、そんなふがいない自分を責めたりもしましました。しかし、ふと、テレビで「複雑性悲嘆」という病名を知ります。
PDSTは最近よく耳にしますが、これは初めて聞く病名です。

この概念は、ピッツバーグ大学精神医学のKatherine Shear 博士らが、複雑性悲嘆を、特定の治療を要する症状として、2005年に発表されました。死に関係する不信、怒り、苦痛、故人への強い思慕や会いたい気持ちを伴った苦痛に満ちた感情に繰り返し苛まれる、などが挙げられます。Schear 博士らは、複雑性悲嘆は心的外傷後ストレス(PTSD)と部分的には類似しているが、両者が同じものではないことは確かだと述べています。

自分の状態が病気だったと理解し、著者は少しほっとします。
だからといって悲しみがなくなるわけではありませんが、状態を受け入れ、それとともに前に進んで行こうという気持ちになります。
著者の素直で飾り気のない文章は、心に迫ってくるものがありました。
この夏、是非、ゆったりとした時間の中で読んでいただきたいお薦めの1冊です。

この本を読んでみたい方は、弊社HP(http://aoyamalife.co.jp)からお申し込みいただくか、
インターネット書店アマゾン(http://www.amazon.co.jp)で、ご購入ください。


言葉とは何か?

先日、NHKの教育テレビ、「Q〜私の思考探求」という番組で、「言葉とは何か?」をテーマにある大学教授と芸人が対談をしていました。(この番組、かなり優れものです!)大学教授は、「言葉とは、連続する事象を分節化し、それに名前をつけたもの」という定義をしていました。例えば、「雨」でも、大雨、小雨、霧雨など、降る量によっては表現が変わり、季節によっても春雨、秋雨など様々な表現がある。これは、雨という事象を、ある『範疇』で切り取って、そこに名称を与えていることになる――つまり、範疇化が細かければ言葉が沢山生まれ、範疇化がおおざっぱだと言葉もおおざっぱになるというものです(わたしの説明もかなりおおざっぱですね)。

「自分の今の気持ちや状況を正確に伝える言葉がない」から、人は細かい範疇化をして言葉を作りだしているのだというのです。「山の端」は山の稜線、「山際」は山の稜線に接した空、といった感じでしょうか。振り返ってみると、私も相手にこの事象を伝えるためにどう表現したら良いか、と考えることがよくあります。言いたいことが伝わらないもどかしさを感じることもしばしば……。若者が様々な言葉を生み出していくのも、この共通言語があれば、気分を共有できるからなのかもしれません。おいしいものを食べて、「ヤバイ!」の一言でその気分は伝わってきますよね。イマドキの子の言語感覚はすごいな、と思います。

ただ、安直な共通言語は、自分が本当に伝えたいことを見えなくしてしまうような気もします。言葉は物を書く人にとっては大切な道具です。切れ味の良い道具にするためにも、自分の「範疇化の細かさ」を点検してみるものいいかもしれませんね。

図書館の貸出点数が増加中!

12月に入って、ソニーの「リーダー」や、シャープの「GALAPAGOS」などの発売にともない、再び電子書籍の可能性についてメディアでは様々な特集を組んでいます。いよいよ、日本でも紙の本から電子書籍への民族大移動が始まるのか?と思いきや、ここ20年間、図書館の貸出点数が急増しているとの記事を見つけました。

1990年度には公共図書館の貸出点数は約2億4千万点。2008年度には約6億9千万点に増えています。CDやDVDの貸出も含まれているので、書籍として5億〜6億点ぐらいですが、それでも、ものすごい数ですね。たしかに最近の図書館は、司書というより、「コンシェルジュ」なる方々が懇切丁寧に対応してくれます。ほとんどがパソコンを導入して読みたい本があるかどうか、すぐに検索できるようになっています。資料購入予算は年々下がり、厳しい現状の中、スタッフの方の努力で利用者を増やしているようです。
出版不況にあえぐ出版業界は、今正念場に立たされています。電子書籍端末の普及と、図書館の利用者増により、紙の本の売れ行きは芳しくありません。

しかし、窮鼠猫を噛む、ではないですが、生き残りをかけた場面ほどアイデアが浮かぶものです。本として買って読みたくなるような作品とはどんなものなのか、装丁に工夫を凝らし、電子書籍では味わえない書籍や、自分の蔵書として本棚に置いておきたい本など、新たな出版事業の姿が見えてくるかもしれません。

電子書籍のレイアウトは職人のカン?

2010年は、スマートフォンやiPadなど、パソコンでも携帯電話でもない新たな電子デバイスが市場に出回りはじめた年でした。それにともない、「読みやすさ(もちろん内容ではなく見た目です)」のニーズも高まっているそうです。書籍や雑誌の読みやすさを電子書籍でどこまで再現できるのか、フォントの種類だけでなく、レイアウトの技術も問われるところです。

ところが、読みやすいレイアウト(組み版とも言います)とは、科学的に分析された指針などはなく、いわゆる職人さんのカンと過去の事例から、なんとなく「こんな感じかな〜」と言い伝えられてきたものなのだそうです。とってもアナログですね。

とはいえ、今後、脳科学の研究が進めば、一番脳が心地よく感じるレイアウト、記憶に残るレイアウト、やる気のでるレイアウト、なんていうのも開発されるかもしれません。知らないうちに脳が反応しているなんて、ちょっと怖い気もするので、個人的には、職人さんのカンに頼りたいところです。

業を煮やして手作り電子書籍

9月7日付けの日刊ゲンダイに面白い記事が載っていました。

鳴り物入りで発売開始となったiPadに期待を膨らませていたユーザーが、日本の電子書籍市場にいら立ちを募らせているというのです。

権利関係の問題で、日本の電子書籍のコンテンツ化は遅々として進まず、せっかくiPadで本を読めると思っていたのにあてがはずれたようです。そこで、自分の手持ちの本をスキャンして、手作りで電子書籍を作ろうという人が増えているとのこと(どの程度増えているのかは不明ですが)。スキャンしたデータをパソコンで管理して、いつでもiPadで読めるようにしているというのですが、紙の本が不要になる電子書籍のはずが、電子書籍を作るために紙の本が必要になるという、なんとも不思議な感じです。

手作りで電子書籍化するには、5万円〜8万円の費用がかかると書かれています。文庫本をきれいにスキャンできる機器は5万円、本をばらばらにする断裁機は3万円。セルフ電子書籍化の初期投資費用、ということです。

そんな費用をかけるのはちょっと…という人のために、本の断裁、スキャン、データ化を一手に引き受けてくれる業者もいるそうです。もちろん、本は断裁されてしまうので、手元にはデータのみが残る、という訳です。少し寂しい気もしますね。
しかし、必要は発明の母。人間、必要があればどんなことでも思いつくんだな、と目からウロコの情報でした。

電子出版元年

米アップル社の、電子書籍用端末iPad の日本上陸が迫ってきています。
メディアは2010年を電子出版元年と位置づけ、出版業界の対応に注目をしているようです。最近は携帯電話でも小説が読める時代。若い子たちは一日中、携帯とにらめっこです。

しかし、電子出版が主流になってくると、今度は紙で「本」を作るのが「憧れ」の対象となり、「カッコイイ」ものになってくるかもしれません。
テレビや映画でドラマを見ていても、生身の俳優が演ずる「舞台」はすたれることはありません。そこでは、俳優と観客が一体となって、濃密な空間を共有することができるからです。
同じように「お気に入りの本を読んでいる時間」は、とっても大事な時間だと思いませんか?
この「時間」を貴重だと思える限り、「紙の本」が無くなることはありません。
(昔、「華氏451」という「本」が無い未来を描いたSF映画がありました。それはとても暗い未来でしたが…)


たった一人であっても、読み手の「時間」を創造する「書き手」……「何冊売れた」という話はプロの書き手にまかせて、自費出版の作家は、是非、そうした作品に挑戦してほしいと思います。

地球の悲鳴が聞こえますか?

2009年9月13日、青山ライフ出版から、LUCA NUDY HART の写真集が発売になりました。著者のLUCAは関西で活動をしているアーティスト。歌を通して、様々なメッセージを送っています。そして、LUCAはこの写真集を制作・販売し、その収益をアフリカの子供たちに送金したいと言っています。

「私にはすべてをかけて守りたいものがある」
LUCAのメッセージはとても明快です。
「日本は豊かな国…でも一方で、この地球上には飢えや戦争で死んでいく子供たちや、人間の強欲さに苦しむ人々がいる。その事実から目をそむけず、壊してしまった大自然に謝罪しよう。地球という星に生まれた私たちの魂はもともとひとつだったはず。美しい星を守り、美しい魂を思い出して、愛、忍耐、慈愛の心を取り戻そう…」

LUCAはまず、写真集を作るという、行動を起こしました。
気持ちがある、だけでは何も始まりません。行動が大事です。
海外にも友人が沢山いるLUCAは、この思いを日本だけでなく世界中に届けたいと願っています。

LUCAに共鳴する人はきっと沢山いるはずです。
LUCAのピュアな気持ちを是非、感じ取ってみてください。

この写真集はアマゾンで買うことが出来ます。
http://www.amazon.co.jp/THUGLIFE4-BEAUTIFUL-EYES-FLAT-HEART/dp/4904001311/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1255410869&sr=8-1

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最近、色々な存在からのメッセージを耳にします。
直接、「太陽の使いの者」と呼ばれる存在から、「地球を救って欲しい」と言われたこともあります。
地球を救うとは、私たちの魂を救うこと。LUCAのような魂が今、どんどん増えているのを実感している今日この頃です。

自費出版だったフロイトの「夢判断」

心理学者のジグムント・フロイト(1856年‐1939年)が書いた「夢判断」は、誰もが知っている精神分析の古典です。私たちの “無意識の領域”に踏み込んだ画期的な書籍で、「夢」は日常において抑圧されている無意識の欲求が表現されているとして、人間心理の闇に深く切り込んでいきます。
しかし、これが自費出版だったことを知っている人はそう多くはないのではないでしょうか?
1900年、フロイトは、「夢判断」の原稿をもって、出版社をたずねましたが、全く見向きもされなかったそうです。仕方なく自費出版をして、知人の協力を得ながら、初版600部を売り切るのに8年かかったとのことです。
この作品が、100年経ってもまだ読み継がれている名作であったとは、そのときの編集者には想像も出来なかったんでしょうね。
画家にも同じようなエピソードがありますよね。生きていた頃は画商に見向きもされず、死んでからその芸術的価値が理解されるようになったとか。

自費出版は自己満足だ、とする見方もありますが、誰に認められなくても、「自分の表現したいことを、最大の努力をもって表現した」と自分に言えれば、作品を書き上げた意味があるのではないでしょうか?評価は、その作品のもっている「力」と「運命」に任せる、そう覚悟すれば、なんか「すっきり」しますよね。

書かなくても「本」は出せる

今さらですが、本は「書く人」のためだけのものではありません。
「聞き書き」のススメでも書いたように、自分の半生を本にしたかったら、誰かに話をして原稿を書いてもらえばいいのです。
「自分は文章が書けないから、本を出すなんで無理」
とあきらめている方、是非、トレンドライフに相談して下さい。

トレンドライフはプロのライターや編集者が、「あなたの本」を丁寧に作る自費出版を中心とした出版社です。南青山のかわいらしいオフィスで、毎日本作りに勤しんでいます。

もし、本を出したいと迷っていたら、まずは連絡をください。
相談だけなら無料だし、無理に勧めることもしません。遠慮は無用です。

と…今回はちょこっと当社の宣伝をさせていただきました。
無料で本が出せるキャンペーンも実施中です。HPに遊びにきてね。

「ゲゲゲの女房」がNHK朝の連続テレビ小説に決定!

なんとも目を引くタイトルだ。
もうおわかりだろうが、『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげる氏の妻、武良布枝(むらぬのえ)さんの初エッセイのタイトル。
この作品が、2010年3月からのNHK朝の連続テレビ小説に決定したそうだ。

『ゲゲゲの女房』はとても素直な文章で綴られた自伝的エッセイだ。
水木氏は左腕が無いため、漫画を描くときは左の肩で用紙を押さえ、汗止めのタオルを額に巻いて、ひたすら集中して漫画を描き続けていた。その後ろ姿をみて、布枝さんは心の底から水木氏を尊敬したという。ちょっと怖い漫画を書いているけど、こんなに真面目な人はいないと。まだアシスタントなどいない時代、布枝さんは水木氏から、「手伝ってくれ」と言われると本当に嬉しくて、2人のペン先がカリカリと音を立てているのを聞くと、とても幸せを感じたそうだ。

赤貧だった時代、2人でGペンをカリカリと動かしている時に幸せを感じた……なんて、自伝だからこそ書ける場面。

いつどんな時に幸せを感じたのか、どんな時に悲しくて、どんな時に心がきりきりしたのか―自伝を書くときには、そんな心に刻みこまれた感情をたぐってみたらどうだろう。
そこから見えてくるのは、どんな場面であっても一生懸命な「愛しい自分」ではないだろうか。

他人に理解してもらうためではなく、自分と自分の家族をまるごと愛した「自伝」は、きっと多くの人に愛されるだろう。

「最後のパレード」盗用疑惑

最近、世間を騒がしているベストセラー「最後のパレード」は、ディズニーランドでの、心温まる本当にあった話を33話掲載したものである。

盗用疑惑として持ち上がったのは、「大きな白い温かい手」と題した一編で、著作権を侵害する可能性が高いことを指摘されている。

「小さな親切はがきキャンペーン」の受賞作品「あひるさん、ありがとう」に、手を加えタイトルを変えて掲載したのだ。

現在、社団法人「小さな親切」運動本部は、出版社と著者と法的な問題について協議するとしている。
出版社や著者の言い分や、法的な処置については、今後のニュースを待つことにするが、「知らなかった」「ついやってしまった」わけではなく、やはり、「売れる本」にするためという意識が先走ったフライングだったような気がする。

数年前、元モーニング娘。の阿部なつみが、他人の文章を盗用した疑惑で、芸能界活動を中断する事件があった。

「いろんな人の文章を読んでいて、それが自分の文章なのか、人のものなのかわからなくなってしまった…」

と釈明していたが、書籍として販売するからには、「何も考えずに気軽にやってしまう」ことは許されないのだ。まして、知っていてやった場合はその罪は重い。

「この位ならまあ、いいか」
「どうせわからないだろう」
「日本語なんて、たまたま似てしまうことだってあるんだし…」

そんな気持ちになることは誰でもあるだろう。

タバコのポイ捨てや、電車内での携帯電話での通話など、やってはいけないと知っているけど、ついやってしまうという、あの心理だ。

でも、やっぱり「ものを書く」ことを楽しんでいる人は、自分の感じたことを自分の言葉で書いてほしい。

「書くこと」は自己表現をすること。
他人の文章を使っていては、自己表現とはいえないのだから。


(蛇足だが、著作権の問題は、立場によって見解が異なったり、意図的か意図していなかったか、などでその利益侵害の度合いも違ってくる。日常的に意識している出版社でも判断ミスすることがある難しい問題なのだ)























本には読まれる時期がある

元祖UFOコンタクティであった、ジョージ・アダムスキーの禁断の書と言われていた本(「地球人よ、ひとつになって宇宙に目を向けなさい」徳間書店)が、この夏、翻訳本として日本で発売されました。原書は1949年にアダムスキーが、宇宙人たちからの情報を元に地球人を啓蒙するために書かれた本で、発行部数が少なく、人の目にはほとんど触れられなかったと言われている希少本です。

アダムスキーは、最初の原稿を出版社にもちこんだところ、あまりにも荒唐無稽な内容だったので出版に難色を示され、やむなくノンフィクションとして出版することになったそうです。形式は小説ですが、内容はアダムスキーが宇宙の友人たちから教えられた、宇宙人たちの意識や生活、宇宙の法則、宇宙の真理、人間の真実などが、盛り込まれています(人間というのは地球人だけでなく、様々な星の生命の最終形体のことを総称しています)。
アダムスキーは、「宇宙哲学」という名著を残していますが、彼は単なるコンタクティではなく、宇宙や生命に対する真理を解き明かし、地球人の意識の進化に多大な貢献をした人物でもあるのです。そんな彼の作品であっても、その本はまだ『時』をつかんでいなかったのかもしれません。

アメリカは1952年に水爆実験を行いましたが、アダムスキーはその19日前に、金星人から警告を受けていたそうです。「原子力」という自分たちでは制御できない危険なエネルギーを地球人が扱いはじめたことに対して、宇宙の友人たちはこのまま見過ごすわけにはいかなかったようです。
そして、今、福島原発の問題をきっかけに、世界中が原発に対して考え直す時期がきたと感じています。奇しくも、今日、大江健三郎氏、落合恵子氏ら日本の作家たちが、脱原発の意志を表明し、「原発に依存しない社会を作ろう」というメッセージを発表しました。1949年に出版された希少本を、今、私たちが手にすることが出来るのは偶然ではありません。原発問題は単なるエネルギー問題だけではなく、地球人が誰もが豊かに幸せに暮らすためにはどうすればいいのか、という根本的な問題を投げかけています。そして、宇宙の友人たちの情報には問題を解決する答えがあるのです。

本には読まれるべき時期がある。時期を得た本こそが、その力を発揮する―そんな気がしてなりません。
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