89800円からの自費出版

善と楽

インドの古代聖典カーサ・ウパニシャッドに、人類が求める「賢者」について、こう書かれています。

善と楽は同じにあらず。
これら二つは、末に異なり、どちらも行為を促す。
祝福されるは善を選ぶ者にて、楽を選ぶ者は目標を失する。
善と楽とは共に人の前に置かれてあり、賢き者は二つを見、その違いを知るなり。
賢き者楽よりも善を好み、愚かなる者肉欲に迷いて、善よりも楽を好むなり。


人類はこれまで、「楽」を追求してきました。それによって、文明が進化したかもしれません。しかし、人類は目標を失っています。
自然を破壊し、大量消費してきた強欲資本主義の未来は閉ざされました。
開かれた道は、善の道。

3・11以後、日本はその道を見つけたのでしょうか?

東北関東大震災、被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。

3月11日に宮城県沖を中心に東北地方を襲った巨大地震を境にして、私たちは意識の変化をつきつけられています。

16年前に起こった阪神大震災の時もそうでしたが、海外のメディアは、こうした非常時でさえパニックにならず被災者同士が互いに支えあっている日本人の姿に感嘆しています。強い者は弱い者をかばって、皆、自分が出来ることを粛々とやっている……人が一緒に生きていくための原点がここにあります。『他のために自分を活かすことに喜びを感じる』のが人間の本質――それを見せてもらっているような気がします。

競争を強いる資本主義社会において、私たちは知らず知らずにその本質を抑圧しています。この悲劇が、私たちが人間の本質に目覚めて、「人として生きる意味」を問い直すきっかけになることを確信しています。

最後になりましたが、災害でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りいたします。

「愛を読むひと」

現在、公開中の映画「愛を読むひと」(原作:朗読者)は、ほんとうに深く静かに魂を揺さぶられた作品だった。(主役のケイト・ウィンスレットの演技が素晴らしく、原作本より映画の方が感動した!)舞台は1950年代のドイツ。15歳の少年マイケルと、過去をもつ21歳年上のドイツ女性ハンナの切なくも哀しい愛の物語。詳しいストーリーはネタばらしになってしまうので、ここでは避けるが、二人の主人公が生きた時代は第二次世界大戦直後、ホロコーストの記憶がまだ生々しい時代だ。ふとした出会いでひと夏を過ごしたマイケルとハンナだが、彼女はある日突然、マイケルの前から姿を消す。そして、8年後、マイケルが法学生として裁判を傍聴している時、戦時中の罪に問われ被告となったハンナと再会する。マイケルはハンナとの愛を誰にも話すことなく、またどんな女性にも心を開くことなく、ハンナへの愛(もっと複雑な心理があるのだが)を貫くことに、人生を費やしていく…。

実は、この映画を観る1ヶ月ほどまえ、遠藤周作の「女の一生―キクの場合−」を読んだばかりだった。明治維新前夜の長崎、大浦を舞台として、隠れキリシタンの清吉と、彼を生涯愛した少女キクの話だ。遠藤周作のキリシタンを題材とした小説は「沈黙」をはじめとして数多くあるが、そこでは、「信仰」が人を救い、人を苦しめるという矛盾と向き合わなければならず、ここでも私は何度となく「魂を揺さぶられ」た。

ホロコーストも隠れキリシタン迫害も、時代の落し子だ。二つの作品は、出来事の善悪を論じてはいない。その時代を背景として「生きた」男女の愛の姿を通して、矛盾する人間存在を描きだしている。

私たちは誰もが、「時代」の影響を受けている。自分史を書くとき、時代背景は欠かせない要素だ。自分という存在を、時代のフィルターを通して見てみると、意外な視点が得られるかもしれない。また、同時代を生きてきた読者には共感を呼ぶことだろう。

にほんブログ村 本ブログ 自費出版へ
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。