「新潟出版文化賞」は隔年で開催している、新潟県県民生活・環境部が主催している文化賞です。今年で12年目にあります。
応募対象となるのは平成17(2005)年8月以降に自費出版した本で、新潟県在住の人が執筆、出版したもの、という限定はありますが、今まで自費出版したことのある方は是非、応募してみては?
また、知り合いで自費出版した方がいれば、教えてあげてはどうでしょう。
募集部門は記録史部門と文芸部門の2部門。写真集や画集は対象外とのことです。
書店に流通していない本でも応募できるそうで、自費出版で身近な人にだけ配っただけという本でもOKです。
自分の本なんか誰も読んでくれないですよ〜と謙遜する人は多いが、やはり多くの人が読んでくれて注目されるのは嬉しいことです。
チャンスの神様は前髪をつかんでくれるそうです。
自分から進んでいかないと、いくら神様でも前髪はつかめませんよね。(後ろ向きの人の後ろ髪はつかんでくれません)
こうした地方のアットホームな文芸関係の賞は探すと意外とあるものです。
作品を書いたら、こうした賞に応募するのもいいかも。
「愛を読むひと」
現在、公開中の映画「愛を読むひと」(原作:朗読者)は、ほんとうに深く静かに魂を揺さぶられた作品だった。(主役のケイト・ウィンスレットの演技が素晴らしく、原作本より映画の方が感動した!)舞台は1950年代のドイツ。15歳の少年マイケルと、過去をもつ21歳年上のドイツ女性ハンナの切なくも哀しい愛の物語。詳しいストーリーはネタばらしになってしまうので、ここでは避けるが、二人の主人公が生きた時代は第二次世界大戦直後、ホロコーストの記憶がまだ生々しい時代だ。ふとした出会いでひと夏を過ごしたマイケルとハンナだが、彼女はある日突然、マイケルの前から姿を消す。そして、8年後、マイケルが法学生として裁判を傍聴している時、戦時中の罪に問われ被告となったハンナと再会する。マイケルはハンナとの愛を誰にも話すことなく、またどんな女性にも心を開くことなく、ハンナへの愛(もっと複雑な心理があるのだが)を貫くことに、人生を費やしていく…。
実は、この映画を観る1ヶ月ほどまえ、遠藤周作の「女の一生―キクの場合−」を読んだばかりだった。明治維新前夜の長崎、大浦を舞台として、隠れキリシタンの清吉と、彼を生涯愛した少女キクの話だ。遠藤周作のキリシタンを題材とした小説は「沈黙」をはじめとして数多くあるが、そこでは、「信仰」が人を救い、人を苦しめるという矛盾と向き合わなければならず、ここでも私は何度となく「魂を揺さぶられ」た。
ホロコーストも隠れキリシタン迫害も、時代の落し子だ。二つの作品は、出来事の善悪を論じてはいない。その時代を背景として「生きた」男女の愛の姿を通して、矛盾する人間存在を描きだしている。
私たちは誰もが、「時代」の影響を受けている。自分史を書くとき、時代背景は欠かせない要素だ。自分という存在を、時代のフィルターを通して見てみると、意外な視点が得られるかもしれない。また、同時代を生きてきた読者には共感を呼ぶことだろう。
実は、この映画を観る1ヶ月ほどまえ、遠藤周作の「女の一生―キクの場合−」を読んだばかりだった。明治維新前夜の長崎、大浦を舞台として、隠れキリシタンの清吉と、彼を生涯愛した少女キクの話だ。遠藤周作のキリシタンを題材とした小説は「沈黙」をはじめとして数多くあるが、そこでは、「信仰」が人を救い、人を苦しめるという矛盾と向き合わなければならず、ここでも私は何度となく「魂を揺さぶられ」た。
ホロコーストも隠れキリシタン迫害も、時代の落し子だ。二つの作品は、出来事の善悪を論じてはいない。その時代を背景として「生きた」男女の愛の姿を通して、矛盾する人間存在を描きだしている。
私たちは誰もが、「時代」の影響を受けている。自分史を書くとき、時代背景は欠かせない要素だ。自分という存在を、時代のフィルターを通して見てみると、意外な視点が得られるかもしれない。また、同時代を生きてきた読者には共感を呼ぶことだろう。
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| 日記
アメリカ自費出版事情
アメリカでは「自費出版」というと「どこの出版社にも相手にされず、仕方なく自分で出した作品」というイメージがあるらしいが、そのアメリカの自費出版にちょっと異変がおきているようだ。
例えば、ニューヨークタイムズ紙でベストセラーになった「Still Alice」(50歳をすぎた頃、初期のアルツハイマー病と診断され、夫と三人の子供、キャリアを手にした幸せな暮らしから、一転、悲嘆と混乱の中に放り込まれるハーバード大学教授アリスの物語)やAmazon Encoreの第一弾に選ばれた「Legacy」(マンハッタンの女性検事を主人公にしたスリラー)といった本は自費出版だそうだ。
アメリカのブックフェア、Book Expo Americaの規模が小さくなる中、今年は史上初の自費出版ブックフェアが開催されることになっている。精彩を欠いた大手出版社比べて、自費出版はとっても元気!だそうだ。
アメリカは自費出版するにも、かなりリーズナブルな値段で出来る。装丁にお金をかけず、「物語」を楽しむことに重点を置いているからだろう。日本では「本を出すのはお金がかかる」というイメージがあるが、今はそんなことはない。「本」を出したい気持ちと、お財布の気持ちがちょうど一致する「出版」があるはずだ。
あきらめずに、どうすれば自分の作品を「本」にできるか、アンテナを張り続けて欲しい。
必ず、自分にぴったりの「出版」に出会えるはずだから。
例えば、ニューヨークタイムズ紙でベストセラーになった「Still Alice」(50歳をすぎた頃、初期のアルツハイマー病と診断され、夫と三人の子供、キャリアを手にした幸せな暮らしから、一転、悲嘆と混乱の中に放り込まれるハーバード大学教授アリスの物語)やAmazon Encoreの第一弾に選ばれた「Legacy」(マンハッタンの女性検事を主人公にしたスリラー)といった本は自費出版だそうだ。
アメリカのブックフェア、Book Expo Americaの規模が小さくなる中、今年は史上初の自費出版ブックフェアが開催されることになっている。精彩を欠いた大手出版社比べて、自費出版はとっても元気!だそうだ。
アメリカは自費出版するにも、かなりリーズナブルな値段で出来る。装丁にお金をかけず、「物語」を楽しむことに重点を置いているからだろう。日本では「本を出すのはお金がかかる」というイメージがあるが、今はそんなことはない。「本」を出したい気持ちと、お財布の気持ちがちょうど一致する「出版」があるはずだ。
あきらめずに、どうすれば自分の作品を「本」にできるか、アンテナを張り続けて欲しい。
必ず、自分にぴったりの「出版」に出会えるはずだから。
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| 自費出版関連ニュース
書かなくても「本」は出せる
今さらですが、本は「書く人」のためだけのものではありません。
「聞き書き」のススメでも書いたように、自分の半生を本にしたかったら、誰かに話をして原稿を書いてもらえばいいのです。
「自分は文章が書けないから、本を出すなんで無理」
とあきらめている方、是非、トレンドライフに相談して下さい。
トレンドライフはプロのライターや編集者が、「あなたの本」を丁寧に作る自費出版を中心とした出版社です。南青山のかわいらしいオフィスで、毎日本作りに勤しんでいます。
もし、本を出したいと迷っていたら、まずは連絡をください。
相談だけなら無料だし、無理に勧めることもしません。遠慮は無用です。
と…今回はちょこっと当社の宣伝をさせていただきました。
無料で本が出せるキャンペーンも実施中です。HPに遊びにきてね。
「聞き書き」のススメでも書いたように、自分の半生を本にしたかったら、誰かに話をして原稿を書いてもらえばいいのです。
「自分は文章が書けないから、本を出すなんで無理」
とあきらめている方、是非、トレンドライフに相談して下さい。
トレンドライフはプロのライターや編集者が、「あなたの本」を丁寧に作る自費出版を中心とした出版社です。南青山のかわいらしいオフィスで、毎日本作りに勤しんでいます。
もし、本を出したいと迷っていたら、まずは連絡をください。
相談だけなら無料だし、無理に勧めることもしません。遠慮は無用です。
と…今回はちょこっと当社の宣伝をさせていただきました。
無料で本が出せるキャンペーンも実施中です。HPに遊びにきてね。
「ゲゲゲの女房」がNHK朝の連続テレビ小説に決定!
なんとも目を引くタイトルだ。
もうおわかりだろうが、『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげる氏の妻、武良布枝(むらぬのえ)さんの初エッセイのタイトル。
この作品が、2010年3月からのNHK朝の連続テレビ小説に決定したそうだ。
『ゲゲゲの女房』はとても素直な文章で綴られた自伝的エッセイだ。
水木氏は左腕が無いため、漫画を描くときは左の肩で用紙を押さえ、汗止めのタオルを額に巻いて、ひたすら集中して漫画を描き続けていた。その後ろ姿をみて、布枝さんは心の底から水木氏を尊敬したという。ちょっと怖い漫画を書いているけど、こんなに真面目な人はいないと。まだアシスタントなどいない時代、布枝さんは水木氏から、「手伝ってくれ」と言われると本当に嬉しくて、2人のペン先がカリカリと音を立てているのを聞くと、とても幸せを感じたそうだ。
赤貧だった時代、2人でGペンをカリカリと動かしている時に幸せを感じた……なんて、自伝だからこそ書ける場面。
いつどんな時に幸せを感じたのか、どんな時に悲しくて、どんな時に心がきりきりしたのか―自伝を書くときには、そんな心に刻みこまれた感情をたぐってみたらどうだろう。
そこから見えてくるのは、どんな場面であっても一生懸命な「愛しい自分」ではないだろうか。
他人に理解してもらうためではなく、自分と自分の家族をまるごと愛した「自伝」は、きっと多くの人に愛されるだろう。
もうおわかりだろうが、『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、水木しげる氏の妻、武良布枝(むらぬのえ)さんの初エッセイのタイトル。
この作品が、2010年3月からのNHK朝の連続テレビ小説に決定したそうだ。
『ゲゲゲの女房』はとても素直な文章で綴られた自伝的エッセイだ。
水木氏は左腕が無いため、漫画を描くときは左の肩で用紙を押さえ、汗止めのタオルを額に巻いて、ひたすら集中して漫画を描き続けていた。その後ろ姿をみて、布枝さんは心の底から水木氏を尊敬したという。ちょっと怖い漫画を書いているけど、こんなに真面目な人はいないと。まだアシスタントなどいない時代、布枝さんは水木氏から、「手伝ってくれ」と言われると本当に嬉しくて、2人のペン先がカリカリと音を立てているのを聞くと、とても幸せを感じたそうだ。
赤貧だった時代、2人でGペンをカリカリと動かしている時に幸せを感じた……なんて、自伝だからこそ書ける場面。
いつどんな時に幸せを感じたのか、どんな時に悲しくて、どんな時に心がきりきりしたのか―自伝を書くときには、そんな心に刻みこまれた感情をたぐってみたらどうだろう。
そこから見えてくるのは、どんな場面であっても一生懸命な「愛しい自分」ではないだろうか。
他人に理解してもらうためではなく、自分と自分の家族をまるごと愛した「自伝」は、きっと多くの人に愛されるだろう。
『聞き書き』のススメ
「限界集落」という表現を最近よく目にする。
過疎化によって人口の50%が65歳以上の高齢者となり、行事や冠婚葬祭などの社会的共同生活が成り立たなくなってしまった集落のことをいうそうだ。
和歌山県那智勝浦の旧色川村の小阪集落も限界集落で、現在28世帯で住民は約50人、平均年齢72歳の超高齢地区である。
そこに、関西の大学生11人が1週間滞在し、村のお年寄りから、山村の歴史や暮らしについて聞き書きをして、「むらの教科書」という一冊の資料にまとめた。
失われていく山村の生活を記録する貴重な資料になるのだろうが、注目したいのは、聞き書きの作業を通して、お年寄りと学生たちが「得た」ものだ。
昔の記憶をたどりながら、「話す」「伝える」という行動はお年寄りにとって、自分たちの存在意義を再認識し、活力を取り戻すきっかけとなるだろう。若者たちは、身近な生活を知恵と知識で豊かなものにしてきたかつての日本人の暮らしぶりに、新たな価値を見出すに違いない。
「聞き書き」はジャーナリズムの原点とも言える作業だ。聞いた話をまとめて、伝える。何かを書きたい、文章で何かを表現したいと思っている人は、是非、身近な人から話を聞いて、まとめてみたらどうだろう。同じ話が、「聞き手」によって全く違ったものになる。それが面白いところだ。話し手の個性と聞き手の個性が化学反応を起こして、新しいものが生まれるのだ。
おじいちゃん、おばあちゃんが健在な方は、「聞き書き」をして、是非、「本」にまとめてみることをオススメしたい。(親には聞けないことでも、おじいちゃんやおばあちゃんには意外にすんなり聞けるかも…それもまた良しです)
過疎化によって人口の50%が65歳以上の高齢者となり、行事や冠婚葬祭などの社会的共同生活が成り立たなくなってしまった集落のことをいうそうだ。
和歌山県那智勝浦の旧色川村の小阪集落も限界集落で、現在28世帯で住民は約50人、平均年齢72歳の超高齢地区である。
そこに、関西の大学生11人が1週間滞在し、村のお年寄りから、山村の歴史や暮らしについて聞き書きをして、「むらの教科書」という一冊の資料にまとめた。
失われていく山村の生活を記録する貴重な資料になるのだろうが、注目したいのは、聞き書きの作業を通して、お年寄りと学生たちが「得た」ものだ。
昔の記憶をたどりながら、「話す」「伝える」という行動はお年寄りにとって、自分たちの存在意義を再認識し、活力を取り戻すきっかけとなるだろう。若者たちは、身近な生活を知恵と知識で豊かなものにしてきたかつての日本人の暮らしぶりに、新たな価値を見出すに違いない。
「聞き書き」はジャーナリズムの原点とも言える作業だ。聞いた話をまとめて、伝える。何かを書きたい、文章で何かを表現したいと思っている人は、是非、身近な人から話を聞いて、まとめてみたらどうだろう。同じ話が、「聞き手」によって全く違ったものになる。それが面白いところだ。話し手の個性と聞き手の個性が化学反応を起こして、新しいものが生まれるのだ。
おじいちゃん、おばあちゃんが健在な方は、「聞き書き」をして、是非、「本」にまとめてみることをオススメしたい。(親には聞けないことでも、おじいちゃんやおばあちゃんには意外にすんなり聞けるかも…それもまた良しです)
郷ひろみが「ダディ」を執筆したきっかけ
10年以上前の話だが、歌手の郷ひろみの離婚に至る告白本『ダディ』は、発売元の幻冬舎の社長、見城徹氏が仕掛けた企画本である。離婚届けを出した日に、本が発売され、離婚の記者会見は一切行わず、その理由は本を読めばすべてわかる、という仕掛け。とにかく離婚までは仲の良い夫婦を演じて欲しいという見城氏の要請に郷ひろみは見事に応えた(らしい)。
と、今回は芸能ネタから入ったが、書きたかったのは、見城氏が郷ひろみに本を書かせるきっかけとなった言葉。
それまで10年以上の親交があった二人だが、見城氏は離婚の半年ほどまえに郷ひろみからその苦しさを相談されていたそうだ。
「だったら本を書いてみない?書くことによって気持ちが整理されるだろうし、苦しさから救われるだろうし」
郷ひろみはゴーストライターではなく、自分で本を書いた。
そして、見城氏の目論見どおり、「ダディ」は大ヒットした。(内容や仕掛けについては、賛否両論あったが…)
本を書くということは、自分と向き合うことに他ならない。
セルフカウンセリングに「書いて自分を知る」という技法がある。
そこにはもちろん、ルールがあって、「思っていること」と「感じていること」を明確に分けたり、「言葉にしたこと」と「思っていること」が違っていたら、それは何故なのかを洞察してみたり。
書くことは自分が思ってもみなかった「自分」に出会うことなのだ。
郷ひろみは「本」を書いて、自分がまぎれもなく「郷ひろみ」であることを再認識したようだが…。
と、今回は芸能ネタから入ったが、書きたかったのは、見城氏が郷ひろみに本を書かせるきっかけとなった言葉。
それまで10年以上の親交があった二人だが、見城氏は離婚の半年ほどまえに郷ひろみからその苦しさを相談されていたそうだ。
「だったら本を書いてみない?書くことによって気持ちが整理されるだろうし、苦しさから救われるだろうし」
郷ひろみはゴーストライターではなく、自分で本を書いた。
そして、見城氏の目論見どおり、「ダディ」は大ヒットした。(内容や仕掛けについては、賛否両論あったが…)
本を書くということは、自分と向き合うことに他ならない。
セルフカウンセリングに「書いて自分を知る」という技法がある。
そこにはもちろん、ルールがあって、「思っていること」と「感じていること」を明確に分けたり、「言葉にしたこと」と「思っていること」が違っていたら、それは何故なのかを洞察してみたり。
書くことは自分が思ってもみなかった「自分」に出会うことなのだ。
郷ひろみは「本」を書いて、自分がまぎれもなく「郷ひろみ」であることを再認識したようだが…。
意図しすぎない「自費出版」の快挙
最近、色々な出版社が狂言を「絵本」として出版し、人気を集めているそうだ。
保育園や幼稚園などで読み聞かせにも活用されていて、繰り返しのフレーズや、ちょっと変わった擬音語に子供たちは面白がって、すぐ覚えてしまうという。
狂言と絵本という組み合わせをした「企画」の勝利だな、と思う。
自費出版で大ヒットした「B型自分の説明書」も「企画」がハマッた作品だ。
もちろん出版社が「意図」して「B型」のみを出版したのではない。
普通、血液型の本と言えば、より多くの読者を獲得するため全ての血液型を掲載する。あえてやるなら、全ての血液型を1冊ずつ分けて、同時発売だ。
でも「B型自分の説明書」はそんな出版社の「意図」で生まれたのではなく、著者が書きたいことを書いた自費出版。変り者の誉れ高い「B型人間」の心をつかんだのが勝因だ。
のびのび書く、書きたいことをかく、自分が面白がる、売れ行きなんて考えない。
意図しすぎない「自費出版」だからこそ出来た快挙なのだ。
西原理恵子の「この世でいちばん大事な『カネ』の話」
「毎日かあさん」の作者、西原理恵子がスゴイ本を出した。
貧しさゆえに行き詰まった生活から抜け出したいと、高知から上京し武蔵野美術大学に通い始めた著者。自分の絵が下手なことに気づき、それを逆手にとり、なんとか生きる道を探る。陽のあたらない場所で生きる人々の悲しさと逞しさを、温かいまなざしと辛口なギャクで笑いとばす漫画を描いて、次第に認められていく。やがて、戦場カメラマンの夫と結婚し出産。夫のアル中、DV、自身のギャンブル、離婚、アジアで知った貧しい子供たちの現実、夫のがん発病、大事な自分の家族…。
そんな壮絶な人生を生きてきた西原は、「お金」を切り口として自分と世界との関わりについてするどい洞察をする。
いわゆる自伝的エッセイだが、自分や周囲を客観的に観察し、どうやって生き抜くかを自分で考え、行動していくその生き様は感動ものだ。(本当はこんな簡単な言葉でかたづけたくないのだが…)
よく誰でも一冊は「本」がかけるという。
自分の人生を書けば良いからだ。
他人から見れば平凡な人生であっても、その人がどれだけ真剣に人生に向き合ってきたかによって、その自伝は輝きを放つ。同じように見える体験でも、実は同じ体験はひとつとしてない。現実をどう感じ、どう考え、どう行動し、どう切り抜けたか。そして、今、人生をどうとらえているのか。そんな自伝を読みたいと思う。
2007年問題と騒がれた団塊世代のセカンドステージの幕開けにともない、自分の人生を書いて残しておきたいと思う人々も増えてきた。
是非、今、書いて欲しい。いつか…ではなく、今。
今、書くことは、まだまだ続く未来を、子供や孫のこれからの人生をより豊かにすることなのだから。
「最後のパレード」盗用疑惑
最近、世間を騒がしているベストセラー「最後のパレード」は、ディズニーランドでの、心温まる本当にあった話を33話掲載したものである。
盗用疑惑として持ち上がったのは、「大きな白い温かい手」と題した一編で、著作権を侵害する可能性が高いことを指摘されている。
「小さな親切はがきキャンペーン」の受賞作品「あひるさん、ありがとう」に、手を加えタイトルを変えて掲載したのだ。
現在、社団法人「小さな親切」運動本部は、出版社と著者と法的な問題について協議するとしている。
出版社や著者の言い分や、法的な処置については、今後のニュースを待つことにするが、「知らなかった」「ついやってしまった」わけではなく、やはり、「売れる本」にするためという意識が先走ったフライングだったような気がする。
数年前、元モーニング娘。の阿部なつみが、他人の文章を盗用した疑惑で、芸能界活動を中断する事件があった。
「いろんな人の文章を読んでいて、それが自分の文章なのか、人のものなのかわからなくなってしまった…」
と釈明していたが、書籍として販売するからには、「何も考えずに気軽にやってしまう」ことは許されないのだ。まして、知っていてやった場合はその罪は重い。
「この位ならまあ、いいか」
「どうせわからないだろう」
「日本語なんて、たまたま似てしまうことだってあるんだし…」
そんな気持ちになることは誰でもあるだろう。
タバコのポイ捨てや、電車内での携帯電話での通話など、やってはいけないと知っているけど、ついやってしまうという、あの心理だ。
でも、やっぱり「ものを書く」ことを楽しんでいる人は、自分の感じたことを自分の言葉で書いてほしい。
「書くこと」は自己表現をすること。
他人の文章を使っていては、自己表現とはいえないのだから。
(蛇足だが、著作権の問題は、立場によって見解が異なったり、意図的か意図していなかったか、などでその利益侵害の度合いも違ってくる。日常的に意識している出版社でも判断ミスすることがある難しい問題なのだ)
盗用疑惑として持ち上がったのは、「大きな白い温かい手」と題した一編で、著作権を侵害する可能性が高いことを指摘されている。
「小さな親切はがきキャンペーン」の受賞作品「あひるさん、ありがとう」に、手を加えタイトルを変えて掲載したのだ。
現在、社団法人「小さな親切」運動本部は、出版社と著者と法的な問題について協議するとしている。
出版社や著者の言い分や、法的な処置については、今後のニュースを待つことにするが、「知らなかった」「ついやってしまった」わけではなく、やはり、「売れる本」にするためという意識が先走ったフライングだったような気がする。
数年前、元モーニング娘。の阿部なつみが、他人の文章を盗用した疑惑で、芸能界活動を中断する事件があった。
「いろんな人の文章を読んでいて、それが自分の文章なのか、人のものなのかわからなくなってしまった…」
と釈明していたが、書籍として販売するからには、「何も考えずに気軽にやってしまう」ことは許されないのだ。まして、知っていてやった場合はその罪は重い。
「この位ならまあ、いいか」
「どうせわからないだろう」
「日本語なんて、たまたま似てしまうことだってあるんだし…」
そんな気持ちになることは誰でもあるだろう。
タバコのポイ捨てや、電車内での携帯電話での通話など、やってはいけないと知っているけど、ついやってしまうという、あの心理だ。
でも、やっぱり「ものを書く」ことを楽しんでいる人は、自分の感じたことを自分の言葉で書いてほしい。
「書くこと」は自己表現をすること。
他人の文章を使っていては、自己表現とはいえないのだから。
(蛇足だが、著作権の問題は、立場によって見解が異なったり、意図的か意図していなかったか、などでその利益侵害の度合いも違ってくる。日常的に意識している出版社でも判断ミスすることがある難しい問題なのだ)

